酔古堂剣掃 / 集豪・醺醺として離騷を熟讀す
醺醺熟讀《離騷》,孝伯外敢曰並皆名士;碌碌常承色笑,阿奴輩果然盡是佳兒。
新字:醺醺熟読《離騷》,孝伯外敢曰並皆名士;碌碌常承色笑,阿奴輩果然尽是佳児。
書き下し
醺醺として《離騷》を熟讀す、孝伯の外に敢へて並びに皆名士なりと曰はんや。碌碌として常に色笑を承く、阿奴の輩果然として盡く是れ佳兒なり。
現代語訳
ほろ酔いで『離騒』を読みふける者について、孝伯(東晋の王恭)のほかに、それだけで皆名士だなどと言えるでしょうか。平凡に暮らして、いつも母の笑顔のそばにいる阿奴(周謨)のような者こそ、やはり皆よい子なのです。
解説
『世説新語』の二つの話を踏まえた、ひねりのある対句です。東晋の王恭は、名士に奇才は要らない、無事で酒を飲み『離騒』を熟読すれば名士と言えると語りました。後半は、周顗の兄弟が、出世した自分たちより、平凡で母のそばにいる弟の阿奴のほうが母の目の届くところにいてよいと語った話に基づきます。醺醺はほろ酔いのさま、碌碌は平凡なさま、色笑は親の笑顔です。名士ぶる者を皮肉り、平凡でも親孝行な者を讃えているように読めます。華々しさより、身近な人を笑顔にする暮らしにこそ値打ちがあるのでしょう。
この章句が説くこと
孝行名士平凡家族処世
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