酔古堂剣掃 / 集豪・其の千古の心有るを取る
立言者,未必即成千古之業,吾取其有千古之心;好客者,未必即盡四海之交,吾取其有四海之願。
新字:立言者,未必即成千古之業,吾取其有千古之心;好客者,未必即尽四海之交,吾取其有四海之願。
書き下し
言を立つる者は、未だ必ずしも即ち千古の業を成さざるも、吾は其の千古の心有るを取る。客を好む者は、未だ必ずしも即ち四海の交はりを盡くさざるも、吾は其の四海の願ひ有るを取る。
現代語訳
言葉を書き残そうとする人が、必ずしもすぐに千年に残る仕事を成し遂げるわけではありません。それでも私は、その人が千年先を思う心を持っていることを評価します。客をもてなすのが好きな人が、必ずしも天下の人々と交わり尽くせるわけではありません。それでも私は、その人が天下の人と交わりたいという願いを持っていることを評価します。
解説
結果よりも志の大きさを重んじるという見方を、対句で示した一則です。立言は、書物や言葉を残して後世に伝えることで、古くは徳を立て、功を立てることと並べて三つの不朽と呼ばれました。千古は千年、四海は天下のことです。著者は、成し遂げたかどうかより、そこへ向かう心があるかどうかを取ると言います。成果ばかりが問われる今の職場では、見過ごされがちな視点です。まだ形にならない若い人の大きな志を、笑わずに認めることも、上に立つ人の大切な役目ではないでしょうか。
この章句が説くこと
立志交友志評価器量
関連する章句
-
『墨子』大取其の愛を去りて天下利あらば、去る能わざらんや。昔の墻を知るは、今日の墻を知るに非ざるなり。貴きこと天子と為るも、其の人を利するは正夫より厚からず。二子、親に事うるに、或いは熟に遇い、或いは凶に遇う。其の親するや相い若し。彼の其の行いの益すに非ざるなり、加うるに非ざるなり。外執、能く吾が利を厚くする者無し。藉し臧や死して天下害あらば、吾れ特だ臧を養うこと萬倍するも、吾が臧を愛するや厚きを加えず。長き人の異と短き人の同とは、其の貌の同じき者なり、故に同じ。指の人と、首の人とは異なる。人の體は一貌なる者に非ざるなり、故に異なる。将劒と挺劒とは異なる。劒は形貌を以て命ずる者なり、其の形一ならず、故に異なる。楊木の木と、桃木の木とは同じ。諸そ量數を舉ぐるを以て命ぜざる者は、之を敗るも、盡く是なり。故に一人の指は、一人に非ざるなり。是れ一人の指は、乃ち是れ一人なり。方の一靣は、方に非ざるなり。方木の靣は、方木なり。
-
『呻吟語』外篇・聖賢・學者は志有るを貴ぶ或るひと問ふ、「狂者は動もすれば古人を稱するも、行ひは言を掩はず。乃ち行ひは本と言を顧みざるか。孔子奚ぞ焉を取らん」と。曰く、「此れは行ひて言を顧みざる者と人品懸絕す。之を射に譬ふれば、拱把を百步の外に立て、九矢參連するは、此れ養由基の能事なり。孱夫の拙射も、弦を引くの初め、亦た拱把を望みて事に從ふ。即ち發すれば十步の遠きに出でず、中つるも方丈の鵠に近からず。何ぞ其の志士爲るを害せん。是の故に學者は志有るを貴び、聖人は志有るを取る」と。
-
『驢鞍橋』卷上一日語て曰く、何某殿は大なる修行者ではをりないか、何たる大病を受けて死すとも、隣あるきする様に死なんと云はれたり。時に一僧云、只左様に思ひたる計りにて、修行は仕さうな人に非す。師曰、ともあれ兎角大なる修行の種は有る人也。
-
史記 伯夷列伝子曰く、「道同じからざれば相ひ為に謀らず」と。亦た各々其の志に従ふなり。故に曰く、「富貴もし求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾も亦た之を為さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に従はん」と。「歳寒くして、然る後に松柏の凋むに後るるを知る」。世を挙げて混濁して、清士乃ち見はる。豈に其の重んずること彼の若く、其の軽んずること此くの若くなるを以てせんや。
-
論語・里仁篇子曰わく、いやしくも仁に志せば、悪しきこと無し。
-
孟子・盡心章句下孟子曰く、「名を好むの人は、能く千乘の國を讓る。苟くも其の人に非ざれば、簞食豆羹も色に見わる。」