酔古堂剣掃 / 集豪・富貴の人の踏むに勝へず
吳正子窮居一室,門環流水,跨木而渡,渡畢即抽之。人問故,笑曰:「土舟淺小,恐不勝富貴人來踏耳!
新字:呉正子窮居一室,門環流水,跨木而渡,渡畢即抽之。人問故,笑曰:「土舟浅小,恐不勝富貴人来踏耳!
書き下し
吳正子一室に窮居す、門に流水環り、木に跨りて渡り、渡り畢れば即ち之を抽く。 人故を問へば、笑ひて曰く、「土舟淺小にして、恐らくは富貴の人の來り踏むに勝へざるのみ」と。
現代語訳
呉正子は一間だけの家に貧しく暮らしていました。門の前を川がめぐって流れていたので、丸木に跨って渡り、渡り終えるとすぐにその木を引き抜いてしまいました。人がそのわけを尋ねると、笑って言いました。「この土の舟は浅くて小さいので、富貴な人がやって来て踏むのには、きっと耐えられないでしょうから」。
解説
貧しい隠者が、富貴な人の訪問をしゃれた言葉で拒んだ逸話です。呉正子という人物は、門前の川に丸木を渡して橋とし、渡るとすぐに引き上げて、人が来られないようにしていました。理由を問われると、自分の住まいを土の舟にたとえて、浅く小さい舟なので、富貴な人が乗り込んできたら沈んでしまうと答えたのです。権勢のある人との付き合いを避けたいという本心を、自分をへりくだって見せる冗談に包んで表したところに、洒脱な味わいがあります。富や地位のある人に近づこうとする人が多い中で、あえて橋を外す潔さは、豪の一つの形です。原文は最後の閉じ括弧が欠けていますが、読みには差し支えありません。
この章句が説くこと
隠逸清貧諧謔名利逸話
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