酔古堂剣掃 / 集素・富貴は能く人を俗にする物
富貴大是能俗人之物,使吾輩當之,自可不俗;然有此不俗胸襟,自可不富貴矣。
新字:富貴大是能俗人之物,使吾輩当之,自可不俗;然有此不俗胸襟,自可不富貴矣。
書き下し
富貴は大いに是れ能く人を俗にするの物なり、吾輩をして之に當らしむれば、自ら俗ならざるべし。 然れども此の俗ならざる胸襟有らば、自ら富貴ならざるべし。
現代語訳
富と地位は、たいへん人を俗っぽくするものです。われわれのような者がその立場に就けば、きっと俗っぽくはならないでしょう。けれども、そういう俗っぽくならない胸の内を持っているなら、そもそも富貴にはならないでしょう。
解説
富貴と俗気の関係を、ひねりのきいた論法で語った一則です。前半では、富貴は人を俗にするが、自分たちなら俗にならずにいられるだろう、と少し自負を見せます。ところが後半で、その俗にならない心を持つ人は、そもそも富貴にはならないと切り返します。富を得るには、ある程度の俗な執着や駆け引きが必要だという皮肉な観察が込められています。同時に、富貴に縁のない自分たちの境遇を、軽やかに笑い飛ばす余裕も感じられます。お金や地位を持つことと、心の品位を保つことの間にある緊張を、ユーモアで見つめ直すきっかけになる一句です。
この章句が説くこと
清貧処世富貴品格諧謔
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