酔古堂剣掃 / 集豪・鄧通の靡靡
毛澄七歲善屬對,諸喜之者贈以金錢,歸擲之曰,「吾猶薄蘇秦斗大,安事此鄧通靡靡!」
新字:毛澄七歳善属対,諸喜之者贈以金銭,帰擲之曰,「吾猶薄蘇秦斗大,安事此鄧通靡靡!」
書き下し
毛澄七歲にして善く屬對す、諸々の之を喜ぶ者贈るに金錢を以てす。 歸りて之を擲ちて曰く、「吾れ猶ほ蘇秦の斗大を薄んず、安んぞ此の鄧通の靡靡を事とせんや」と。
現代語訳
毛澄(明の学者)は七歳で対句を作るのが上手でした。それを喜んだ人々がお金を贈りました。家に帰ると彼はそれを投げ捨てて言いました。「私は蘇秦(戦国の遊説家)の升ほどもある大きな印でさえ軽んじているのに、どうしてこんな鄧通(前漢の寵臣)の銭のようなつまらないものにかかずらっていられようか」。
解説
明の毛澄が幼い頃に示した、並外れた気概を記した一則です。毛澄は明の弘治年間に科挙の首席、状元となった人物です。七歳で見事な対句を作ったので、大人たちが喜んでお金を贈ったところ、彼はそれを投げ捨てたといいます。蘇秦は戦国時代に六国の宰相を兼ねた遊説家で、斗大は升ほどもある大きな官印を言い、最高の地位の象徴です。鄧通は前漢の文帝に寵愛され、銭を鋳造する権利を与えられて大富豪となりましたが、最後は飢えて死んだと伝えられます。靡靡は、取るに足らないつまらないものの意です。地位さえ軽んじる者が小銭など相手にしないという、子どもらしからぬ大志が豪の名にふさわしい逸話です。
この章句が説くこと
立志金銭故事神童気概
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