酔古堂剣掃 / 集豪・終軍纓を請ふ
胡宗憲讀《漢書》,至終軍請纓事,乃起拍案曰:「男兒雙腳當從此處插入,其它皆狼藉耳!」
新字:胡宗憲読《漢書》,至終軍請纓事,乃起拍案曰:「男児双脚当従此処挿入,其它皆狼藉耳!」
書き下し
胡宗憲『漢書』を讀み、終軍纓を請ふの事に至り、乃ち起ちて案を拍ちて曰く、 「男兒の雙腳は當に此の處より插し入るべし、其の它は皆狼藉のみ」と。
現代語訳
胡宗憲(明の将軍・政治家)は『漢書』を読んでいて、終軍(前漢の若き官人)が長い紐を願い出た話に来ると、立ち上がって机をたたいて言いました。「男の両足は、まさにここから踏み入れるべきだ。そのほかはみな、取るに足らないがらくたにすぎない」。
解説
明の胡宗憲が、『漢書』の一節に奮い立った逸話を記した一則です。終軍は前漢の武帝の時代の若い官人で、南越国を服属させるための使者に志願した際、長い纓、すなわち紐をいただければ南越王を縛って連れて来ましょう、と申し出たと伝えられます。この話から、請纓は自ら進んで任務を願い出ることのたとえとなりました。胡宗憲は明の嘉靖年間に、東南の沿岸を荒らした倭寇の討伐に功を立てた人物です。若い頃にこの話を読んで、男子が足を踏み入れるべき道はこれだと机をたたいたというのです。自ら進んで困難な任務を引き受ける気概こそ、豪の真骨頂です。心を奮い立たせる一節に出会う読書の力も感じさせます。
この章句が説くこと
立志読書故事胆力奮起
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