酔古堂剣掃 / 集峭・雄光を飛ばして電を倒す
振駿氣以擺雷,飛雄光以倒電。
新字:振駿気以擺雷,飛雄光以倒電。
書き下し
駿氣を振ひて以て雷を擺ひ、雄光を飛ばして以て電を倒す。
現代語訳
すぐれた気を奮い起こして雷をも払いのけ、雄々しい光を放って稲妻をもひっくり返します。
解説
圧倒的な勢いを、雷と稲妻を相手にして描いた、集峭らしい激しい対句です。駿氣はすぐれた勢い、擺ふは振り払うこと、雄光は力強い輝きです。自然界で最も激しい雷や稲妻さえ打ち負かすほどの気迫というのは、名馬や名剣、あるいは雄大な筆勢をたたえる表現とみられます。こうした誇張の多い言葉は、読む人の気持ちを奮い立たせる力を持っています。大きな仕事に挑むときには、これくらいの気概を胸に持つことも必要です。ただし気迫だけでは空回りするので、それを支える日々の鍛錬があってこその勢いであることも、忘れないようにしたいものです。
この章句が説くこと
気魄勇気奮起自然立志
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