酔古堂剣掃 / 集豪・曹氏の石倉
曹曾積石為倉以藏書,名曹氏石倉。
新字:曹曽積石為倉以蔵書,名曹氏石倉。
書き下し
曹曾石を積みて倉と爲し以て書を藏す、 曹氏の石倉と名づく。
現代語訳
曹曾(後漢の学者)は、石を積み上げて倉を作り、そこに書物を収めました。これを曹氏の石倉と名づけました。
解説
後漢の学者曹曾が、書物を守るために石の倉を築いたという故事を記した一則です。曹曾は多くの書物を集めた人物で、戦乱や火災で書物が失われることを恐れ、燃えにくい石を積んで書庫を作ったと伝えられます。石倉は、その後、蔵書を大切にする人の象徴となりました。明代には曹学佺という人物が、自分の書斎や著作に石倉の名を用いています。書物は紙でできているため、火や水や戦乱で簡単に失われます。それを後の世に伝えるために石の倉まで築いた情熱は、知識を守ろうとする豪快な意志の表れと言えるでしょう。集豪にこの逸話が収められているのは、書物にかける情熱もまた、一つの豪であると考えたからでしょう。
この章句が説くこと
蔵書読書学問故事継承
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