酔古堂剣掃 / 集豪・兩隻の冷眼を懸く
負心滿天地,辜他一片熱腸;變態自古今,懸此兩只冷眼。
新字:負心満天地,辜他一片熱腸;変態自古今,懸此両只冷眼。
書き下し
負心天地に滿ち、他の一片の熱腸に辜く。 變態は古今よりす、此の兩隻の冷眼を懸く。
現代語訳
恩を裏切る心が天地に満ちていて、人の一片の熱い真心を踏みにじります。人の心の移ろいは昔も今も変わりません。私はこの二つの冷ややかな目を掲げて見ています。
解説
人の心の裏切りと移ろいを、冷静な目で見つめる覚悟を述べた一則です。負心は、恩や信義に背く心のことです。世の中にはそうした心があふれていて、人が差し出した熱い真心を裏切ってしまうと嘆きます。熱腸は、熱い思いやりや真心のことです。後の句の変態は、人の態度が時勢によって変わることで、それは昔から変わらない人の世の常だと言います。そこで自分は、両の目を冷ややかに見開いて、世の移ろいを見届けようというのです。熱い心を持ちながら、それが裏切られることも知っている。だからこそ冷めた目も必要になります。人を信じる温かさと、人を見る冷静さの両方を持つことが、傷つかずに生きる知恵なのかもしれません。
この章句が説くこと
人情冷眼世態処世真心
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