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酔古堂剣掃 / 集豪・故らに世を玩ぶ

不能用世而故為玩世,只恐遇著真英雄;不能經世而故為欺世,只好對著假豪傑。

新字:不能用世而故為玩世,只恐遇著真英雄;不能経世而故為欺世,只好対著仮豪傑。

書き下し

世に用ゐらるる能はずして故らに世を玩ぶを爲すは、只だ恐らくは真の英雄に遇著せん。 世を經むる能はずして故らに世を欺くを爲すは、只だ好し假の豪傑に對著するに。

現代語訳

世の役に立つことができないのに、わざと世をもてあそぶふりをする者は、本物の英雄に出くわすことだけを恐れるべきです。世を治めることができないのに、わざと世を欺く者は、偽物の豪傑を相手にするのがせいぜいです。

解説

本物の力のない者が豪傑ぶって見せる姿を、手厳しく批判した一則です。玩世は、世の中をもてあそぶように斜に構えること、欺世は、世の人をだまして名声を得ることです。前の句は、実力がないのに世を冷笑してみせる者は、本物の英雄に出会えばたちまち底が割れてしまうと言います。後の句は、世を治める力もないのに人を欺いて名を売る者は、同じような偽物の豪傑を相手にするくらいしかできないと言います。豪放を讃える集豪の中に、こうした偽物への批判が置かれているのは、豪とは中身を伴うものだという編者の考えを示すためでしょう。冷笑や虚勢は、実力の代わりにはならないのです。

この章句が説くこと

真偽英雄虚勢処世実力

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