酔古堂剣掃 / 集豪・故らに世を玩ぶ
不能用世而故為玩世,只恐遇著真英雄;不能經世而故為欺世,只好對著假豪傑。
新字:不能用世而故為玩世,只恐遇著真英雄;不能経世而故為欺世,只好対著仮豪傑。
書き下し
世に用ゐらるる能はずして故らに世を玩ぶを爲すは、只だ恐らくは真の英雄に遇著せん。 世を經むる能はずして故らに世を欺くを爲すは、只だ好し假の豪傑に對著するに。
現代語訳
世の役に立つことができないのに、わざと世をもてあそぶふりをする者は、本物の英雄に出くわすことだけを恐れるべきです。世を治めることができないのに、わざと世を欺く者は、偽物の豪傑を相手にするのがせいぜいです。
解説
本物の力のない者が豪傑ぶって見せる姿を、手厳しく批判した一則です。玩世は、世の中をもてあそぶように斜に構えること、欺世は、世の人をだまして名声を得ることです。前の句は、実力がないのに世を冷笑してみせる者は、本物の英雄に出会えばたちまち底が割れてしまうと言います。後の句は、世を治める力もないのに人を欺いて名を売る者は、同じような偽物の豪傑を相手にするくらいしかできないと言います。豪放を讃える集豪の中に、こうした偽物への批判が置かれているのは、豪とは中身を伴うものだという編者の考えを示すためでしょう。冷笑や虚勢は、実力の代わりにはならないのです。
この章句が説くこと
真偽英雄虚勢処世実力
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集豪・無米の炊假英雄は專ら鳴らざるの劍を吷き、爾の若き鋒铓は、真人に遇ひて膽を落とす。 窮豪傑は慣れて無米の炊を作す、此等の作用は、大計に當りて眉を揚ぐ。
-
『酔古堂剣掃』集醒・世を欺くの豪傑と為る無かれ才人は世を經め、能人は世を取り、曉人は世に逢ひ、名人は世に垂れ、高人は世を出で、達人は世を玩ぶ。寧ろ世に隨ふの庸愚と為るも、世を欺くの豪傑と為る無かれ。
-
『酔古堂剣掃』集峭・巧を賣り得て拙を藏し得ず任他極めて見識有るも、假を看得て眞を認め得ず。隨你極めて聰明なるも、巧を賣り得て拙を藏し得ず。
-
『酔古堂剣掃』集豪・豪の膽、豪の才、豪の語今世の矩視尺步の輩と、夫の守株待兔の流とは、是れ束縛せずして阱する者なり。 宇宙寥寥として、一豪者を求むるも、安んぞ得んや。 家徒だ四壁のみにして、一擲千金、豪の膽なり。興酣にして筆を落とし、墨を潑ぐこと千言、豪の才なり。我が才必ず用ゐられん、黃金復た來らん、豪の語なり。 夫れ豪既に得べからず、而して後世倜儻の士、或いは一言一字を以て其の不平を寫す、又安んぞ沈沈たる故紙と同じく銷沒と爲らんや。 集豪第十。
-
『酔古堂剣掃』集豪・糟邱を假りて霸業と爲す英雄未だ轉ぜざるの雄圖は、糟邱を假りて霸業と爲し、 風流盡きざるの餘韻は、花谷に托して深山と爲す。
-
『酔古堂剣掃』集豪・意氣のみを以て勝るに匪ず大事を辦ずる者は、獨り意氣を以て勝るのみに匪ず、蓋し亦た其の智略絕するなり。故に氣を負ひて雄行すれば、力以て公侯を折くに足り、奇を出だし算を制すれば、事以て耳目を駭かすに足る。此の如き人は、俱に千古なり。嗟嗟、今世は徒らに虛語なるのみ。