酔古堂剣掃 / 集豪・豪の膽、豪の才、豪の語
今世矩視尺步之輩,與夫守株待兔之流,是不束縛而阱者也。宇宙寥寥,求一豪者,安得哉?家徒四壁,一擲千金,豪之膽;興酣落筆,潑墨千言,豪之才;我才必用,黃金復來,豪之語。夫豪既不可得,而後世倜儻之士,或以一言一字寫其不平,又安與沈沈故紙同為銷沒乎!集豪第十。
新字:今世矩視尺歩之輩,与夫守株待兔之流,是不束縛而阱者也。宇宙寥寥,求一豪者,安得哉?家徒四壁,一擲千金,豪之胆;興酣落筆,溌墨千言,豪之才;我才必用,黄金復来,豪之語。夫豪既不可得,而後世倜儻之士,或以一言一字写其不平,又安与沈沈故紙同為銷没乎!集豪第十。
書き下し
今世の矩視尺步の輩と、夫の守株待兔の流とは、是れ束縛せずして阱する者なり。 宇宙寥寥として、一豪者を求むるも、安んぞ得んや。 家徒だ四壁のみにして、一擲千金、豪の膽なり。興酣にして筆を落とし、墨を潑ぐこと千言、豪の才なり。我が才必ず用ゐられん、黃金復た來らん、豪の語なり。 夫れ豪既に得べからず、而して後世倜儻の士、或いは一言一字を以て其の不平を寫す、又安んぞ沈沈たる故紙と同じく銷沒と爲らんや。 集豪第十。
現代語訳
今の世の、定規で測ったように見て尺ずつ歩むような者たちや、株を守って兎を待つような者たちは、縛られてもいないのに自分から落とし穴にはまっている者です。この広い天地はがらんとしていて、一人の豪傑を求めても、どうして見つけられましょうか。家には四方の壁しかないのに千金を一度に投げ出すのは、豪傑の胆力です。興が高まって筆を下ろし、墨を注ぐように千言を書き上げるのは、豪傑の才能です。「わが才は必ず用いられ、黄金はまた戻ってくる」というのは、豪傑の言葉です。豪傑そのものはもう得られませんが、後の世の気骨ある人々が、一言一字でその胸の不平を書き表したものが、どうして古びた紙くずと同じように消え失せてよいものでしょうか。集豪第十。
解説
集豪の巻頭に置かれた陸紹珩の小序で、この集が豪放な気概をもった言葉を集めたものであることを示しています。序はまず、規則どおりにしか動けない人や、守株待兎、すなわち偶然の幸運を待ち続ける愚かな人を、自ら罠にかかった者だと批判します。守株待兎は『韓非子』の寓話です。そのうえで豪を、胆力、才能、言葉の三つに分けて示します。家に四方の壁しかないのは前漢の司馬相如の貧しさを言う言葉、わが才は必ず用いられ黄金はまた来るというのは李白の「将進酒」の句を踏まえています。本物の豪傑はもういないが、その気概を宿した言葉は残すに値するという、編者の思いが込められています。
この章句が説くこと
小序豪放気概才能胆力
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集豪・語人を驚かさずんば死すとも休まず李太白云ふ、「天我が才を生ず必ず用有り、黃金散じ盡くして還た復た來らん」と。杜少陵云ふ、「一生性僻にして佳句に耽る、語人を驚かさずんば死すとも休まず」と。豪傑此の語を解せざるべからず。
-
『酔古堂剣掃』集豪・筆は千軍を掃ふ劍は萬敵に雄たり、筆は千軍を掃ふ。
-
『酔古堂剣掃』集豪・意氣のみを以て勝るに匪ず大事を辦ずる者は、獨り意氣を以て勝るのみに匪ず、蓋し亦た其の智略絕するなり。故に氣を負ひて雄行すれば、力以て公侯を折くに足り、奇を出だし算を制すれば、事以て耳目を駭かすに足る。此の如き人は、俱に千古なり。嗟嗟、今世は徒らに虛語なるのみ。
-
『酔古堂剣掃』集豪・高言は嘯虎の風を成す高言は嘯虎の風を成し、豪舉は湧山の浪を破る。
-
『酔古堂剣掃』集豪・驥は櫪に伏すと雖も驥は櫪に伏すと雖も、足は能く千里。 鵠は即ひ翅を垂るるも、志は九霄に在り。
-
『酔古堂剣掃』集豪・襟懷は疏朗を貴ぶ襟懷は疏朗を貴ぶも、太だ豪華を逞しくするに宜しからず。文字は雄奇を要するも、故らに寂寞を求むるに宜しからず。