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酔古堂剣掃 / 集豪・龍泉我を知る

慷慨之氣,龍泉知我;憂煎之思,毛穎解人。

新字:慷慨之気,竜泉知我;憂煎之思,毛穎解人。

書き下し

慷慨の氣は、龍泉我を知り、 憂煎の思ひは、毛穎人を解す。

現代語訳

憤り嘆く気概は、名剣の龍泉が私を分かってくれます。憂いに身を焦がす思いは、筆の毛穎がこの私を理解してくれます。

解説

世に理解されない胸の内を、剣と筆だけが分かってくれると述べた一則です。慷慨は、世の不正や自分の不遇に憤り嘆くことです。龍泉は、古代の名工が鍛えたと伝えられる名剣の名で、龍淵とも言います。その剣だけが自分の憤りを知ってくれると言うのは、剣を抜いて天下のために働きたいという気概を示しています。後の句の毛穎は、唐の韓愈が筆を擬人化して書いた「毛穎伝」の主人公で、筆のことです。憂いに焦がれる思いは、筆を執って書くことでだけ分かってもらえるというのです。人に打ち明けられない思いも、道具に向かえば表現できる。剣と筆、行動と言葉とが、豪者の心の友だったのです。

この章句が説くこと

慷慨孤独表現

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