酔古堂剣掃 / 集豪・大地の江山を描き完へず
個個題詩,寫不盡千秋花月;人人作畫,描不完大地江山。
新字:個個題詩,写不尽千秋花月;人人作画,描不完大地江山。
書き下し
個個詩を題すれども、千秋の花月を寫し盡くさず。 人人畫を作れども、大地の江山を描き完へず。
現代語訳
一人ひとりが詩を書きつけても、千年の花と月を写し尽くすことはできません。誰もが絵を描いても、大地の川と山を描き終えることはできません。
解説
自然の美しさが、どれほど多くの詩人や画家の手によっても尽くせないことを讃えた一則です。古来、数えきれない詩人が花と月を詠み、数えきれない画家が山や川を描いてきました。それでもなお、千年の花月も大地の江山も、描き尽くされることはないと言います。これは、人間の表現の限界を嘆く言葉であると同時に、自然の無尽蔵の豊かさを讃える言葉でもあります。言い尽くされたと思える題材にも、まだ誰も見つけていない美しさが残っているのです。何かを表現しようとする人にとっては、先人がすでにやり尽くしたと思わず、自分の目で新しく見ることを励ましてくれる句でしょう。
この章句が説くこと
自然詩画表現創作無尽
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『酔古堂剣掃』集豪・山色は窮むべからず聲譽は盡くすべきも、江天は盡くすべからず。丹青は窮むべきも、山色は窮むべからず。
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『酔古堂剣掃』集豪・山川風月の主人吾に目有り足有り、山川風月は、吾が能く到る所、 我は便ち是れ山川風月の主人なり。
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