酔古堂剣掃 / 集靈・山の勝は每に人造に壞る
自古及今,山之勝多妙於天成,每壞於人造。
新字:自古及今,山之勝多妙於天成,毎壊於人造。
書き下し
古より今に及ぶまで、山の勝は多く天成に妙にして、每に人造に壞る。
現代語訳
昔から今に至るまで、山の景勝の多くは、自然のままにできあがったところにすばらしさがあり、人の手が加わることで損なわれることがしばしばです。
解説
自然のままの美しさを尊び、人工の手入れの害を戒めた一則です。天成は天が自然に作り上げたもの、人造は人が作ったものです。名勝に寺や楼閣、道や看板が次々と加えられて、かえって趣が失われるのは、今日の観光地でもよく見られることです。この句は山について言っていますが、ものづくりや組織にも通じます。うまく働いているものに、良かれと思って余計な手を加え、本来の良さを壊してしまうことがあります。足すことよりも、損なわないことを先に考える慎みを教えてくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
自然風雅無為景観節度
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