酔古堂剣掃 / 集綺・黃金能く客を結ぶ
論到高華,但說黃金能結客;看來薄命,非關紅袖懶撩人。
新字:論到高華,但説黄金能結客;看来薄命,非関紅袖懶撩人。
書き下し
論じて高華に到れば、但だ黃金能く客を結ぶと說く。 看來れば薄命、紅袖の人を撩るに懶きに關はるに非ず。
現代語訳
高貴な華やかさについて論じるとなると、人はただ黄金こそが客を結びつけると言うばかりです。見てみれば薄命なのは、紅い袖の美しい人が人を誘うことを怠ったからではありません。
解説
世の華やかさの裏にある、金の力と人の運命について述べた一則です。前の句は、世の人が高貴で華やかな交わりを論じると、結局は黄金があれば人が集まるという話になってしまう、という皮肉です。黄金で客を結ぶというのは、財力で侠客や食客を集めることを言い、古くから詩に詠まれてきました。後の句は、美しい女性が不幸な運命をたどるのは、その人が人を惹きつける努力を怠ったからではないと言います。紅袖は美しく装った女性、撩人は人の心を誘うことです。人の縁や運命は、本人の努力や魅力だけでなく、金の力や巡り合わせに左右されるという、世の冷たい現実を見つめた言葉です。
この章句が説くこと
金銭薄命処世人情世相
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