酔古堂剣掃 / 集綺・紅妝翠袖の間に在るが如し
朱樓綠幕,笑語勾別座之春,越舞吳歌,巧舌吐蓮花之艷。此身如在怨臉愁眉、紅妝翠袖之間,若遠若近,為之黯然。嗟乎!又何怪乎身當其際者,擁玉床之翠而心迷,聽伶人之奏而隕涕乎?集綺第九。
新字:朱楼緑幕,笑語勾別座之春,越舞呉歌,巧舌吐蓮花之艶。此身如在怨臉愁眉、紅妝翠袖之間,若遠若近,為之黯然。嗟乎!又何怪乎身当其際者,擁玉床之翠而心迷,聴伶人之奏而隕涕乎?集綺第九。
書き下し
朱樓綠幕、笑語は別座の春を勾き、越舞吳歌、巧舌は蓮花の艷を吐く。 此の身怨臉愁眉、紅妝翠袖の間に在るが如く、遠きが若く近きが若く、之が爲に黯然たり。 嗟乎、又何ぞ怪しまんや、身其の際に當る者の、玉床の翠を擁して心迷ひ、伶人の奏を聽きて涕を隕すを。 集綺第九。
現代語訳
朱塗りの楼閣に緑の幕、笑い声は別の座敷の春めいた気配を引き寄せ、越の舞や呉の歌では、巧みな舌が蓮の花のような艶やかな言葉を吐き出します。この身が、恨みを帯びた顔や憂いを含んだ眉、紅の化粧と翠の袖の女性たちの間にあるかのように、遠いようでもあり近いようでもあって、そのために心が暗く沈みます。ああ、その場に身を置いた人が、玉の寝台のみどりの帳を抱いて心を迷わせ、楽人の演奏を聴いて涙を落とすのも、どうして不思議に思うことがありましょうか。集綺第九。
解説
集綺の巻頭に置かれた陸紹珩の小序で、この集が艶やかで華麗な言葉を集めたものであることを示しています。綺はあや絹のことで、転じて美しく艶のあるものを言います。序は、朱塗りの楼閣での宴、越や呉の歌舞、美しく装った女性たちの姿を並べ、華やかな世界を描き出します。しかし著者はそれに酔いしれるだけではなく、その間に身を置くと心が暗く沈むと述べ、華やかさの裏にある哀しみを見ています。その場の人が心を迷わせ涙を落とすのも無理はない、という結びには、美しいものに心を動かされる人間の性への共感がにじみます。美と哀しみが隣り合うという感覚が、この集全体の色合いになっています。
この章句が説くこと
小序艶麗風雅哀愁情
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