酔古堂剣掃 / 集綺・苧羅村裏
苧羅村裏,對嬌歌艷舞之山;若耶溪邊,拂濃抹淡妝之水。
新字:苧羅村裏,対嬌歌艶舞之山;若耶渓辺,払濃抹淡妝之水。
書き下し
苧羅村裏、嬌歌艷舞の山に對し、 若耶溪邊、濃抹淡妝の水を拂ふ。
現代語訳
苧羅村(西施の故郷)の中では、あでやかな歌と舞のような山に向かい合い、若耶渓(西施が絹を洗った谷川)のほとりでは、濃い化粧にも薄い化粧にも見える水を払います。
解説
春秋時代の越の美女、西施ゆかりの土地の山と水を、美人の姿に重ねて描いた一則です。苧羅村は西施の生まれた村、若耶渓は西施が絹を洗ったと伝えられる谷川です。前の句は、そこにそびえる山々を、美しい歌や舞のようだと見立てています。後の句の濃抹淡妝は、宋の蘇軾が西湖を西施にたとえて、薄化粧でも濃い化粧でもどちらも似合うと詠んだ詩句を踏まえています。晴れの日も雨の日も美しい水の姿を、西施の化粧にたとえたのです。美人の故郷の山水は、美人そのもののように美しいという発想で、土地と人とを重ねて味わう文人の感性が表れています。
この章句が説くこと
西施山水見立て艶麗風景
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