酔古堂剣掃 / 集綺・水國に經を談ず
爭春開宴,罷來花有嘆聲;水國談經,聽去魚多樂意。
新字:争春開宴,罷来花有嘆声;水国談経,聴去魚多楽意。
書き下し
春を爭ひて宴を開けば、罷み來りて花に嘆聲有り。 水國に經を談ずれば、聽き去りて魚に樂意多し。
現代語訳
春の盛りを競って宴を開けば、宴が終わったあとで、花もため息をもらします。水郷で経典を講じれば、聴き終えた魚たちには楽しげな気配があふれます。
解説
にぎやかな宴と、静かな説法とを対比した一則です。前の句は、春を競うように人々が宴を開き、それが終わると、花がため息をついているように見えると言います。人々に見られ愛でられた花が、宴の後の寂しさに取り残される様子とも、騒がしさに疲れた花の嘆きとも読めます。後の句は、水郷で経典を講じると、それを聴いた魚たちが喜んでいるように見えると言います。仏教には、道生法師が石に向かって説法すると石がうなずいたという話があり、ここでも人ならぬものが教えを喜ぶ様子が描かれます。騒がしい楽しみの後には寂しさが残り、静かな学びの後には喜びが残る。楽しみの質の違いを考えさせる句です。
この章句が説くこと
宴説法仏教閑寂楽しみ
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