酔古堂剣掃 / 集綺・過ぎ去れば塵と成る
到來都是淚,過去即成塵。
新字:到来都是涙,過去即成塵。
書き下し
到來すれば都て是れ淚、 過ぎ去れば即ち塵と成る。
現代語訳
やって来るときには、何もかもが涙を誘うものばかりですが、過ぎ去ってしまえば、たちまち塵となってしまいます。
解説
喜びも悲しみも、過ぎてしまえば塵のように消えていくという、人生のはかなさを詠んだ短い一則です。前の句は、目の前に起こっている出来事は、どれも心を揺さぶり涙を誘うものだと言います。別れや再会、喜びや悲しみの渦中にいるとき、人は深く心を動かされます。後の句は、それらも過ぎ去ればたちまち塵となり、跡形もなくなってしまうと言います。十文字に満たない短い言葉の中に、情の深さと無常の悟りとが並べて置かれています。この句は、悲しみのさなかにある人には慰めとなり、喜びの中にいる人には戒めとなるでしょう。今どれほど心が揺れていても、それもやがて過ぎていくと思えば、少し落ち着いて向き合えるものです。
この章句が説くこと
無常情涙時達観
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