酔古堂剣掃 / 集綺・風裏の楊花
雪滾飛花,繚繞歌樓,飄撲僧舍,點點共酒旆悠揚,陣陣追燕鶯飛舞。沾泥逐水,豈特可入詩料,要知色身幻影,是即風裏楊花、浮生燕壘。
新字:雪滾飛花,繚繞歌楼,飄撲僧舎,点点共酒旆悠揚,陣陣追燕鶯飛舞。沾泥逐水,豈特可入詩料,要知色身幻影,是即風裏楊花、浮生燕塁。
書き下し
雪のごとく飛花滾り、歌樓を繚繞し、僧舍に飄撲し、點點として酒旆と共に悠揚し、陣陣として燕鶯を追ひて飛舞す。 泥に沾ひ水を逐ふ、豈に特に詩料に入るべきのみならんや。 要するに色身の幻影を知るべし、是れ即ち風裏の楊花、浮生の燕壘なり。
現代語訳
雪のように飛ぶ花が渦を巻いて、歌楼をめぐり、僧坊に吹きつけ、点々と酒屋の旗とともにゆらゆらと漂い、ひとしきりごとに燕や鶯を追って舞い飛びます。やがて泥にまみれ水を追って流れていきますが、これはただ詩の材料になるだけのものでしょうか。つまり、この肉体が幻の影であることを知るべきなのです。それはまさに風の中の柳の綿であり、はかない人生における燕の巣のようなものです。
解説
風に舞う柳の綿毛を描きながら、人の身のはかなさを悟らせる一則です。前半では、雪のような綿毛が歌楼にも僧坊にも酒屋の旗にも分け隔てなく舞い、燕や鶯を追って飛ぶ美しい情景が描かれます。しかしやがて泥にまみれ、水に流されていきます。著者は、これを詩の題材として眺めるだけでなく、色身、すなわち仏教でいう肉体が、幻の影にすぎないことを悟るべきだと言います。浮生の燕塁は、春に作られて秋には捨てられる燕の巣のように、仮の住まいでしかない人生を表します。華やかな集綺の中に置かれたこの句は、美しいものほどはかないという無常の感覚を、しみじみと伝えています。
この章句が説くこと
無常楊花仏教浮生風景
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