酔古堂剣掃 / 集景・飛花の窗を度るを玩ぶ
玩飛花之度窗,看春風之入柳,忽翔飛而暫隱,時淩空而更飏。
新字:玩飛花之度窗,看春風之入柳,忽翔飛而暫隠,時淩空而更飏。
書き下し
飛花の窗を度るを玩び、春風の柳に入るを看る、忽ち翔飛して暫く隱れ、時に空を淩ぎて更に飏る。
現代語訳
舞い散る花が窓を越えていくのを楽しみ、春風が柳の中に吹き込むのを眺めます。花びらはふいに舞い上がってしばらく姿を隠し、ときおり空をしのいで、さらに高く舞い上がります。
解説
窓辺から眺める、春風に舞う花びらの動きを描いた一則です。度るは、渡る、通り過ぎるという意味で、花びらが窓の前を横切っていく様子です。春風が柳の枝の中に吹き込むと、柳の枝も揺れて、花びらもそれに乗って舞います。後半の、忽ち翔飛して暫く隠れ、時に空を淩ぎて更に飏るは、花びらが風に乗ってふっと見えなくなったり、また高く舞い上がったりする、予測のつかない動きを丁寧に追っています。飏は、風に吹かれて高く舞い上がることです。ただ散っていく花を惜しむのではなく、その軽やかな動きそのものを楽しんでいる目が印象的です。散りゆくものの中にも、生き生きとした美しさがあるのです。
この章句が説くこと
自然春風雅閑適観察
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