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酔古堂剣掃 / 集綺・梅に高韻無くんば

鶴有累心猶被斥,梅無高韻也遭刪。

書き下し

鶴に累心有らば猶ほ斥けらる、 梅に高韻無くんば也た刪らる。

現代語訳

鶴でさえ、心に俗なわずらいを抱けば退けられ、梅でさえ、気高い風韻がなければ切り捨てられます。

解説

高潔の象徴とされるものでも、その本質を失えば価値がなくなることを説いた一則です。鶴は俗世を離れた仙人の鳥、梅は寒さに負けず清らかに咲く花として、どちらも文人に愛されてきました。しかし鶴であっても累心、すなわち俗事にとらわれた心を持てば退けられ、梅であっても高い風韻がなければ枝を刈られると言います。肩書きや名前が立派であることよりも、中身が伴っていることが大切だという教えです。名門の出身であること、立派な役職にあること、有名な会社に勤めていることは、それだけでは人を高めません。自分の拠り所となっている看板に、中身が追いついているかを問い直させる句です。

この章句が説くこと

修身品格本質清高自省

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