酔古堂剣掃 / 集綺・三春の新柳の如し
美豐儀人,如三春新柳,濯濯風前。
新字:美豊儀人,如三春新柳,濯濯風前。
書き下し
美しき豐儀の人は、 三春の新柳の、風前に濯濯たるが如し。
現代語訳
容姿の美しい人は、春の三か月に芽吹いた新しい柳が、風の前でみずみずしく光り輝いているようなものです。
解説
姿のすぐれた人を、春風に揺れる若柳にたとえた一則です。豊儀は、豊かで整った容姿や立ち居振る舞いのことです。三春は、春の三か月、すなわち孟春、仲春、季春を指します。濯濯は、洗い清めたように明るくつややかな様子です。『世説新語』には、晋の王恭の姿を、春の月の柳のように濯濯としていると評した話があり、この一則もその系譜にある表現です。美しさを顔立ちの細部で語るのではなく、若柳が風に揺れて光る、その清新な印象全体で伝えているところが巧みです。人の魅力は、見た目の造作よりも、まとっている空気や立ち居振る舞いの爽やかさにあるということを思わせてくれる句です。
この章句が説くこと
容姿柳見立て艶麗世説新語
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