酔古堂剣掃 / 集韻・花情何ぞ柳態に如かん
清疏暢快,月色最稱風光;瀟灑風流,花情何如柳態。
新字:清疏暢快,月色最称風光;瀟灑風流,花情何如柳態。
書き下し
清疏暢快なるは、月色最も風光に稱ひ、瀟灑風流なるは、花情何ぞ柳態に如かん。
現代語訳
清らかでさっぱりとして晴れ晴れとしている点では、月の色がいちばん風の光景にふさわしく、すっきりとして風流である点では、花の風情はどうして柳の姿に及ぶでしょうか。
解説
風雅の趣を、月と風、花と柳の組み合わせで比べた対句です。清疏暢快は、清らかでさっぱりとして、晴れ晴れと気持ちがよいことです。月の澄んだ光は、風の吹きわたる景色にもっともよく合うと言います。後の句の瀟灑は、すっきりとあか抜けていること、風流は俗を離れた趣のことです。華やかな花の風情よりも、風に揺れる柳のしなやかな姿のほうが、瀟灑な風流さでは勝っていると言います。派手に咲く花より、すらりとした柳の姿に品のよさを見る美意識が表れています。華やかさよりも、さりげない軽やかさを尊ぶ感覚は、人の立ち居振る舞いや装いにも通じるものがあるでしょう。
この章句が説くこと
風雅自然月柳品格
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