酔古堂剣掃 / 集綺・烏紗帽紅袖を挾む
烏紗帽挾紅袖登山,前人自多風致。
新字:烏紗帽挟紅袖登山,前人自多風致。
書き下し
烏紗帽にして紅袖を挾みて山に登る、 前人自ら風致多し。
現代語訳
黒い紗の官帽をかぶった役人が、紅い袖の女性たちを連れて山に登るとは、昔の人はおのずから風流な趣が多かったものです。
解説
官職にある人が、美しい女性たちを伴って山遊びをする姿を、昔の人の風流として描いた一則です。烏紗帽は、黒い薄絹で作った官人の帽子で、官職の象徴です。紅袖は紅い袖の衣をまとった女性たちのことです。東晋の謝安が、官に就く前に会稽の東山で妓女を連れて遊んだという話はよく知られ、後世の文人の憧れとなりました。官の務めの堅苦しさと、山遊びの自由とが一つになったところに、風致すなわち趣を感じ取っているのです。著者は、今の人にはこうした余裕がなくなったと、昔を懐かしむ気持ちも込めているのでしょう。立場や肩書きがあっても、遊ぶ心を失わないことの大切さを伝える句です。
この章句が説くこと
風流遊山官人余裕隠逸
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集素・黃帽青鞋、我に任せて逍遙す皂囊白簡、人に描き盡くさるる半生。 黃帽青鞋、我に任せて逍遙す一世。
-
『酔古堂剣掃』集靈・醉へば則ち更に相枕藉して臥す高山に上り、深林に入り、回溪を窮め、幽泉怪石、遠くして到らざる無し。到れば則ち草を拂ひて坐し、壺を傾けて醉ふ、醉へば則ち更に相枕藉して臥す、意も亦甚だ適ひ、夢も亦趣を同じうす。
-
『酔古堂剣掃』集綺・紅妝翠袖の間に在るが如し朱樓綠幕、笑語は別座の春を勾き、越舞吳歌、巧舌は蓮花の艷を吐く。 此の身怨臉愁眉、紅妝翠袖の間に在るが如く、遠きが若く近きが若く、之が爲に黯然たり。 嗟乎、又何ぞ怪しまんや、身其の際に當る者の、玉床の翠を擁して心迷ひ、伶人の奏を聽きて涕を隕すを。 集綺第九。
-
『酔古堂剣掃』集靈・華句一たび垂るれば江山と共に峙つ花前に佩を解き、湖上に橈を停め、月を弄びて放歌し、蓮を採りて高醉す。晴雲微かに裊み、漁笛滄浪たり、華句一たび垂るれば、江山と共に峙つ。
-
『酔古堂剣掃』集綺・風神は筆墨の外に在り衲子觴を飛ばして歷亂たり、解脫は樽斝の間に於てす。 釵行翰を揮ひて淋漓たり、風神は筆墨の外に在り。
-
『酔古堂剣掃』集峭・桴に乘りて海に浮ぶ屐を著けて山に登れば、翠微の中に獨り老衲に逢ひ、桴に乘りて海に浮べば、雪浪の裏に群れて閒鷗に傍ふ。