酔古堂剣掃 / 集綺・歐公の香餅
歐公香餅,吾其熟火無煙;顏氏隱囊,我則鬥花以布。
新字:欧公香餅,吾其熟火無煙;顔氏隠嚢,我則鬥花以布。
書き下し
歐公の香餅、吾は其れ熟火にして煙無し。 顏氏の隱囊、我は則ち花を鬥はすに布を以てす。
現代語訳
欧公(宋の欧陽脩)の香餅(上等の炭)のような品はなくとも、私のところでは、よく熾った火で煙が立ちません。顔氏(顔之推)の書に見える隠囊(寄りかかる枕)のような品はなくとも、私は布をはぎ合わせて花模様にしたもので間に合わせています。
解説
名高い文人の愛用品を引き合いに出して、自分の素朴な暮らしを楽しむ一則です。香餅は、香を焚いたり暖を取ったりするのに使う上質の炭の固まりで、欧陽脩が友人にこれを贈られた話が伝わっています。隠囊は、座ったまま寄りかかる大きなクッションのような枕で、顔之推の『顔氏家訓』に、梁の貴族の子弟が贅沢な隠囊に寄りかかっていた様子が描かれています。著者は、そうした名品はなくとも、自分の火はよく熾って煙が出ないし、寄りかかる枕も布を継いで花模様にしたもので十分だと言います。名品への憧れを持ちながら、手元のもので工夫して満足する、明るい清貧の姿勢がうかがえます。
この章句が説くこと
清貧工夫知足暮らし風雅
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