呻吟語 / 外篇・治道・堯・舜も此に良法無し
孔於告子貢以足食,告冉有以富之。孟子告梁王以養生、送死、無憾,告齊王以制田裡、教樹畜。堯、舜告此無良法矣。哀哉!
新字:孔於告子貢以足食,告冉有以富之。孟子告梁王以養生、送死、無憾,告斉王以制田裡、教樹畜。堯、舜告此無良法矣。哀哉!
書き下し
孔子は子貢に告ぐるに食を足すを以てし、冉有に告ぐるに之を富ますを以てす。孟子は梁王に告ぐるに生を養ひ死を送りて憾み無きを以てし、齊王に告ぐるに田里を制し樹畜を教ふるを以てす。堯・舜も此に告ぐるに良法無し。哀しいかな。
現代語訳
孔子は子貢に食を足すことを告げ、冉有に民を富ますことを告げました。孟子は梁の王に、生きている者を養い死者を送って心残りが無いことを告げ、斉の王に田と宅地を定め木を植え家畜を飼うことを教えました。堯舜もこれに告げる良い法はありません。悲しいことです。
解説
孔子と孟子が王や弟子に答えた内容を四つ並べ、どれも暮らしの中身だったと示します。食を足す、富ます、生死に心残りが無いようにする、田と宅地を定める。理念や心構えではありません。そして堯舜でもこれ以上の法は無いと言い切られます。最後の一語が、それが今できていないことを示しています。前の段の足民を、経典の証拠で裏づけた一段です。
この章句が説くこと
足食富之経典暮らし証拠
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