呻吟語 / 内篇・養生・旭窗に閑かに書を展ぶ
書室聯:「曙枕酣餘夢,旭窗閑展書。」
新字:書室聯:「曙枕酣余夢,旭窗閑展書。」
書き下し
書室の聯、「曙枕に餘夢に酣なり、旭窗に閑かに書を展ぶ」。
現代語訳
書斎に掲げた対句。明け方の枕で残った夢に浸り、朝日の窓で静かに書を広げる。
解説
養生篇を締めくくる、書斎の対句です。夜明けの枕と朝日の窓。残り夢に浸る時間と、書を広げる時間が並んでいます。急がず、しかし空しくもない朝の姿で、この篇に並んだ寡欲や淡食や五閉の議論が、最後に一つの情景に収まった形になっています。理屈ではなく暮らしの絵で終わるのが印象的です。理屈ではなく、暮らしの絵で終わるのが印象的です。
この章句が説くこと
書斎対句朝余情暮らし
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