酔古堂剣掃 / 集韻・花裏の神仙
與梅同瘦,與竹同清,與柳同眠,與桃李同笑,居然花裏神仙;與鶯同聲,與燕同語,與鶴同唳,與鸚鵡同言,如此話中知己。
新字:与梅同痩,与竹同清,与柳同眠,与桃李同笑,居然花裏神仙;与鶯同声,与燕同語,与鶴同唳,与鸚鵡同言,如此話中知己。
書き下し
梅と同じく瘦せ、竹と同じく清く、柳と同じく眠り、桃李と同じく笑ふは、居然として花裏の神仙なり。鶯と聲を同じくし、燕と語を同じくし、鶴と唳を同じくし、鸚鵡と言を同じくする、此くの如きは話中の知己なり。
現代語訳
梅と同じように痩せ、竹と同じように清らかで、柳と同じように眠り、桃や李と同じように笑うのは、まさに花の中の仙人です。鶯と同じ声で歌い、燕と同じように語り、鶴と同じように鳴き、鸚鵡と同じように言葉を交わす、このようなものこそ話の上での知己です。
解説
花木や鳥と心を通わせる人を描いた、長い対句です。前半は植物で、梅の痩せた姿、竹の清らかさ、柳の垂れて眠るような姿、桃や李の咲き誇る笑顔に自分を重ね、そうした人を花の中の仙人と呼びます。後半は鳥で、鶯の声、燕のさえずり、鶴の鳴き声、鸚鵡のおしゃべりに合わせて語る人を、話の上での親友とします。居然は、なんとまあ、まさしく、という意味です。人間の友に限らず、自然そのものを友とする文人の理想が表れています。人付き合いに疲れたとき、草花や鳥の声と向き合う時間は、心を柔らかくしてくれます。
この章句が説くこと
風雅自然交友花鳥閑適
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集綺・花中の十友昔人に花中の十友有り。桂を仙友と爲し、蓮を凈友と爲し、梅を清友と爲し、菊を逸友と爲し、海棠は名友、荼蘼は韻友、瑞香は殊友、芝蘭は芳友、臘梅は奇友、梔子は禪友なり。 昔人に禽中の五客有り。鷗を閑客と爲し、鶴を仙客と爲し、鷺を雪客と爲し、孔雀は南客、鸚鵡は隴客なり。 花鳥の情を會すれば、真に是れ天趣活潑なり。
-
『酔古堂剣掃』集倩・花を婢仆と為す幽居は世を絕つに非ずと雖も、而れども一切の使令供具交遊晤對の事、世外に出づるに似たり。 花を婢仆と為し、鳥を笑談と為し、溪漱澗流は酒肴烹煉に代はり、書史を師保と作し、竹石を友朋に質す。 雨聲雲影、松風蘿月、一時豪興の歌舞と為す。 情景固より濃やかなれども、然れども亦た清趣なり。
-
『酔古堂剣掃』集韻・幽心の人は梅花に似る幽心の人は梅花に似、韻心の士は楊柳に同じ。
-
『酔古堂剣掃』集韻・一世の幽懷を成す語鳥名花は、四時の吟嘯に供し、清泉白石は、一世の幽懷を成す。
-
『酔古堂剣掃』集景・杜鵑啼き斷つ落花の風千竿の修竹、周遭す半畝の方塘。 一片の白雲、遮蔽す五株の垂柳。 山館秋深く、野鶴唳き殘す清夜の月。 江園春暮れ、杜鵑啼き斷つ落花の風。
-
『酔古堂剣掃』集韻・徑を掃ひて清風を迎ふ徑を掃ひて清風を迎へ、臺に登りて明月を邀ふ。琴觴の餘、間ふるに歌詠を以てし、止だ鳥語花香のみ、吾が几榻に來たるを許すのみ。