酔古堂剣掃 / 集綺・阮郎再び來るに計無し
天臺花好,阮郎卻無計再來;巫峽雲深,宋玉只有情空賦。瞻碧雲之黯黯,覓神女其何蹤;睹明月之娟娟,問嫦娥而不應。
新字:天台花好,阮郎却無計再来;巫峡雲深,宋玉只有情空賦。瞻碧雲之黯黯,覓神女其何蹤;睹明月之娟娟,問嫦娥而不応。
書き下し
天臺花好くして、阮郎卻って再び來るに計無く、 巫峽雲深くして、宋玉只だ情有りて空しく賦す。 碧雲の黯黯たるを瞻て、神女を覓むるも其れ何の蹤ぞ、 明月の娟娟たるを睹て、嫦娥に問へども應へず。
現代語訳
天台山の花は美しいのに、阮郎(後漢の阮肇)はもう一度訪れる手立てがありません。巫峡の雲は深いのに、宋玉(戦国楚の詩人)はただ思いを抱いて空しく賦を作るばかりです。青い雲が暗くたちこめるのを仰ぎ見て、神女を探し求めても、どこにその跡があるでしょうか。明月が美しく輝くのを見て、嫦娥(月の女神)に問いかけても、答えてはくれません。
解説
二度と会えない美しい人への思いを、古い物語を重ねて詠んだ一則です。阮郎は、劉晨とともに天台山に薬草を採りに入り、仙女と出会って暮らした阮肇のことです。帰ってみると七代もの時が過ぎており、再び山へ戻ろうとしても道が分からなかったと伝えられます。宋玉は「高唐賦」や「神女賦」で、巫山の神女と楚王の夢の出会いを描いた詩人です。嫦娥は不死の薬を飲んで月へ昇った女神です。三つの物語はいずれも、この世ならぬ美しい人との出会いと別れを語るもので、手の届かないものへの憧れと喪失感が一則を貫いています。失ったものを思い続ける心の切なさを、上品に描いた句と言えます。
この章句が説くこと
恋慕仙境別離情伝説
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