酔古堂剣掃 / 集奇・龍虎の吟を作す
我輩寂處窗下,視一切人世,俱若蠛蠓嬰媿,不堪寓目。而有一奇文怪說,目數行下,便狂呼叫絕,令人喜,令人怒,更令人悲,低徊數過,床頭短劍亦嗚嗚作龍虎吟,便覺人世一切不平,俱付煙水。集奇第八。
新字:我輩寂処窗下,視一切人世,倶若蠛蠓嬰愧,不堪寓目。而有一奇文怪説,目数行下,便狂呼叫絶,令人喜,令人怒,更令人悲,低徊数過,床頭短剣亦嗚嗚作竜虎吟,便覚人世一切不平,倶付煙水。集奇第八。
書き下し
我が輩窗下に寂處し、一切の人世を視るに、俱に蠛蠓嬰媿の若く、目に寓するに堪へず。而るに一の奇文怪說有りて、目數行を下れば、便ち狂呼して絕を叫び、人をして喜ばしめ、人をして怒らしめ、更に人をして悲しましむ。低徊して數過すれば、床頭の短劍も亦た嗚嗚として龍虎の吟を作し、便ち人世一切の不平を覺えて、俱に煙水に付す。集奇第八。
現代語訳
私たちは窓の下にひっそりと暮らし、世の中のすべてを眺めていますが、どれもみな、ぬかのような小虫や赤子の戯れのようなもので、目を留める気にもなりません。ところが、ひとたび奇抜な文章や奇怪な説に出会うと、数行に目を走らせただけで、たちまち狂ったように叫んで絶賛し、人を喜ばせ、人を怒らせ、さらに人を悲しませます。行きつ戻りつ何度も読み返せば、枕元の短剣までがうなって龍や虎のような声を上げ、世の中のあらゆる不平を感じながらも、それをすべて煙や水の流れに任せてしまうのです。集奇、第八。
解説
集奇の巻頭に陸紹珩が置いた小序で、この集が奇抜な文章や言葉を集めたものであることを述べています。蠛蠓は、ぬかかのような小さな羽虫で、取るに足らないもののたとえです。そのあとの嬰媿は字義がはっきりしませんが、つまらない俗世のありさまを言うものと読んでおきます。そんな退屈な世の中でも、奇文怪説に出会えば心が躍り、喜怒哀楽が一気に呼び覚まされるというのです。低徊は何度も行きつ戻りつすること、床頭の短剣が龍虎の吟をなすとは、読む者の胸に義憤や気概がわき起こるさまを誇張した表現です。平凡な日常に飽きたとき、心を揺さぶる言葉に出会うことは、生きる力を取り戻すきっかけになります。
この章句が説くこと
読書奇文気概小序感動
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