酔古堂剣掃 / 集奇・萬象を晴初に照らす
照萬象於晴初,散寥天於日餘。
新字:照万象於晴初,散寥天於日余。
書き下し
萬象を晴初に照らし、 寥天を日餘に散ず。
現代語訳
晴れ上がったばかりの時に万物を照らし出し、日が傾いた後に、がらんとした大空に光を散らします。
解説
雨上がりの光と、夕暮れの光を対にした一則です。前の句は、晴れたばかりの空から光が差して、あらゆるものがくっきりと照らし出される様子です。萬象は天地の間のあらゆるもの、晴初は雨がやんで晴れ始めたときのことです。後の句は、日が傾いた後に、広々とした空に光が散らばって広がっていく様子です。寥天は、ひっそりとした広い空を言います。主語は書かれていませんが、日の光や霞の輝きを描いたものと読めます。一日のうちの始まりと終わりの光を二句で押さえ、時の移ろいを感じさせます。忙しい一日の中でも、朝の光と夕方の光に目を留めるだけで、心の持ち方が少し変わるかもしれません。
この章句が説くこと
風景光自然閑適時
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