酔古堂剣掃 / 集奇・赤城孤峙す
天臺傑起,繞之以赤霞;赤城孤峙,覆之以蓮花。
新字:天台傑起,繞之以赤霞;赤城孤峙,覆之以蓮花。
書き下し
天臺傑起して、之を繞らすに赤霞を以てし、 赤城孤峙して、之を覆ふに蓮花を以てす。
現代語訳
天台山は抜きん出てそびえ、その周りを赤い霞がめぐっています。赤城山は一つだけ高くそびえ、その上を蓮の花が覆っています。
解説
浙江の名山、天台山と赤城山の姿を描いた一則です。天台山は仏教の天台宗の祖、智顗が修行した山として知られ、道教の霊山でもあります。赤城山はその一角にあり、赤い岩肌が霞のように見えることからその名があります。東晋の孫綽の「遊天台山賦」には、赤城に霞が立ちのぼって目印となっているという句があり、この一則もその系譜にある描写です。蓮花は、山の峰々が花びらのように重なる姿とも、仏の世界の象徴とも読めます。傑起と孤峙という言葉で、群を抜いて立つ山の気高さが強調されています。霊山への憧れを、言葉だけで旅させてくれる句です。
この章句が説くこと
山水霊山風景自然仏教
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