酔古堂剣掃 / 集景・山の形色同じからざること此の如し
海山微茫而隱見,江山嚴厲而峭卓,溪山窈窕而幽深,塞山童赤而堆阜,桂林之山綿衍龐傅,江南之山峻峭巧麗。山之形色,不同如此。
新字:海山微茫而隠見,江山厳厲而峭卓,渓山窈窕而幽深,塞山童赤而堆阜,桂林之山綿衍龐傅,江南之山峻峭巧麗。山之形色,不同如此。
書き下し
海山は微茫として隱見し、江山は嚴厲にして峭卓たり、溪山は窈窕として幽深たり、塞山は童赤にして堆阜たり、桂林の山は綿衍龐傅、江南の山は峻峭巧麗なり。 山の形色、同じからざること此の如し。
現代語訳
海辺の山はかすかにぼんやりとして、見えたり隠れたりします。大河のほとりの山はいかめしく、切り立ってそびえます。谷川の山は奥深く静かで、ひっそりと深く入り込んでいます。辺境の山は草木がなく赤茶けていて、土を盛り上げたような形です。桂林の山は長く連なって大きく広がり、江南の山は険しくそそり立ちながら精巧で美しいのです。山の形や色は、このように同じではありません。
解説
土地によって異なる山の姿を、地域ごとに描き分けた一則です。海山、江山、溪山、塞山と、山のある場所によって分け、それぞれの特徴を四字で言い表しています。微茫はかすんでかすかなこと、嚴厲はいかめしくきびしいこと、窈窕は奥深く静かなことです。童赤の童は、草木のない禿げ山を言い、赤は赤茶けた土の色です。桂林と江南という具体的な地名も挙げられ、綿衍龐傅は長く大きく広がるさま、峻峭巧麗は険しくそびえつつ美しいさまです。山水画を描くときに、土地ごとの山の個性を見分けることの大切さを説いたものとも読めます。人もまた、育った土地によってそれぞれ違った個性を持つものです。
この章句が説くこと
自然山水風土観察個性
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