酔古堂剣掃 / 集奇・人事の上に天理を見る
讀《春秋》,在人事上見天理;讀《周易》,在天理上見人事。
新字:読《春秋》,在人事上見天理;読《周易》,在天理上見人事。
書き下し
『春秋』を讀みては、人事の上に天理を見、『周易』を讀みては、天理の上に人事を見る。
現代語訳
『春秋』を読むときは、人の世の出来事の上に天の道理を見いだし、『周易』を読むときは、天の道理の上に人の世の出来事を見いだします。
解説
二つの経書の読み方を、天理と人事の関係で対比した一句です。『春秋』は孔子が編んだとされる魯の国の年代記で、君臣の出来事を記す中に、善悪の判断が込められていると考えられてきました。だから具体的な人事、つまり人の世の出来事を通して、その背後にある天理、天の道理を読み取るのです。反対に『周易』は、陰陽の変化という天地の抽象的な道理を説く書物で、その道理を人の世の具体的な場面に当てはめて読むのです。具体から原理へ、原理から具体へ、その往復が学問の要だということでしょう。仕事でも、目の前の出来事から原則を引き出し、原則を目の前の場面に当てはめる、その往復が大切です。
この章句が説くこと
読書学問易天理経書
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