酔古堂剣掃 / 集奇・此れ是れ上界の真人
心無機事,案有好書,飽食晏眠,時清體健,此是上界真人。
新字:心無機事,案有好書,飽食晏眠,時清体健,此是上界真人。
書き下し
心に機事無く、案に好書有り、飽食晏眠し、時清く體健やかなり、此れ是れ上界の真人なり。
現代語訳
心にたくらみごとがなく、机の上によい書物があり、十分に食べてゆっくりと眠り、世の中は平穏で体は健やかである。これこそ天上界の仙人です。
解説
何でもない日々の満ち足りた姿こそ、仙人の境地だと言う一則です。機事は、たくらみや駆け引きを要する事柄で、『荘子』に、機事ある者は必ず機心あり、とあります。心にそうした計算がなく、机の上には良い本があり、よく食べよく眠り、世の中は平和で体も健康である、それだけで上界の真人、つまり天上の仙人に等しいというのです。真人は道家で、道を体得した理想の人を言います。特別な修行や不老不死の薬がなくても、こうした平凡な幸せの中にこそ仙境があるという考えです。健康で、心穏やかで、読みたい本がある、その当たり前の日々のありがたさを噛みしめたいものです。
この章句が説くこと
知足養生読書無心閑適
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