酔古堂剣掃 / 集醒・善く書を讀む者
人生有書可讀,有暇得讀,有資能讀,又涵養之,如不識字人,是謂善讀書者。享世間清福,未有過於此也。
新字:人生有書可読,有暇得読,有資能読,又涵養之,如不識字人,是謂善読書者。享世間清福,未有過於此也。
書き下し
人生書の讀むべき有り、暇の讀むを得る有り、資の能く讀む有り、又之を涵養して、字を識らざる人の如きは、是れ善く書を讀む者と謂ふ。世間の清福を享くること、未だ此に過ぐる者有らざるなり。
現代語訳
人生において、読むべき本があり、読める暇があり、読むだけの資力があって、さらにそれを心の中で深く養い、まるで字を知らない人のように振る舞えるなら、それこそ上手に本を読む人といえます。世の中の清らかな幸せを享受することで、これ以上のものはありません。
解説
読書の条件と、読書の最高の境地を述べた一則です。本があり、暇があり、資力があるという三つの条件がそろうことは、実はとても恵まれたことです。しかし本当の読書家とは、読んだものを涵養、つまり心の中でじっくり養い、字を識らない人のように見える人だと言います。知識をひけらかさず、学んだことが人柄の中に溶け込んで、表面には出てこない状態です。これは読書を知識の量でなく、人格の養いとして捉える考え方です。そして、そのような読書ができることこそ、世間の清福、清らかな幸せの最上のものだと結びます。本を読める時間があることに感謝し、読んだことを語るより生き方に生かすことを心がけたいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
読書学問涵養清福謙虚
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