酔古堂剣掃 / 集奇・窮愁に非ざれば書を著す能はず
非窮愁不能著書,當孤憤不宜說劍。
新字:非窮愁不能著書,当孤憤不宜説剣。
書き下し
窮愁に非ざれば書を著す能はず、孤憤に當たりては宜しく劍を說くべからず。
現代語訳
困窮し愁いに沈んだ経験がなければ、書物を著すことはできません。孤独な憤りを抱いているときには、剣を語って事を起こすべきではありません。
解説
苦難の中で書くことと、憤りの中で動かないことを説いた対句です。前半は、『史記』の太史公の言葉に、虞卿は窮愁にあらざれば書を著して後世に名を残すことはできなかった、とあることを踏まえています。困窮や悲しみこそが、人に深い言葉を書かせるのです。孤憤は、世に容れられない者のひとりの憤りを言い、戦国の韓非の著書にもその名の篇があります。そうした憤りを抱いているときに剣を論じれば、衝動に任せて事を起こしかねないので慎むべきだというのです。苦しみは書くことで昇華し、怒りは行動に移す前に一度鎮める、その知恵は今も通用します。
この章句が説くこと
忍著述憂い自制処世
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集豪・讀書倦む時は劍を看よ書を讀みて倦む時は須らく劍を看るべし、英發の氣磨せず。 文を作りて苦しむ際は詩を歌ふべし、郁結の懷隨ひて暢ぶ。
-
『酔古堂剣掃』集豪・筆は千軍を掃ふ劍は萬敵に雄たり、筆は千軍を掃ふ。
-
『酔古堂剣掃』集靈・窮して書を買ふ能はずして奇書を讀むを好む貧にして客を享する能はずして、客を結ぶを好む。老いて世に徇ふ能はずして、世を維ぐを好む。窮して書を買ふ能はずして、奇書を讀むを好む。
-
『酔古堂剣掃』集奇・憐と傲の二字憐の一字は、吾受くるを樂しまず、 蓋し才有りて徒らに人の憐みを受くるは、無用知るべし。 傲の一字は、吾敢へて矜らず、 蓋し才有りて徒らに以て傲に資するは、無用知るべし。
-
『酔古堂剣掃』集豪・襟懷は疏朗を貴ぶ襟懷は疏朗を貴ぶも、太だ豪華を逞しくするに宜しからず。文字は雄奇を要するも、故らに寂寞を求むるに宜しからず。
-
『酔古堂剣掃』集豪・世を憐れむ心腸を詩句に寄す人を憎むの面孔を放ち出だせず、落ちて酒杯に在り。世を憐れむの心腸を丟て下さず、之を詩句に寄す。