酔古堂剣掃 / 集奇・杖底唯だ雲囊中唯だ月
雲氣恍堆窗裏岫,絕勝看山;泉聲疑瀉竹間樽,賢於對酒。杖底唯雲,囊中唯月,不勞關市之譏;石笥藏書,池塘洗墨,豈供山澤之稅。
新字:雲気恍堆窗裏岫,絶勝看山;泉声疑瀉竹間樽,賢於対酒。杖底唯雲,嚢中唯月,不労関市之譏;石笥蔵書,池塘洗墨,豈供山沢之税。
書き下し
雲氣恍として窗裏の岫に堆く、山を看るに絕勝す。泉聲疑ふらくは竹間の樽に瀉ぐかと、酒に對するに賢る。杖底唯だ雲、囊中唯だ月、關市の譏を勞せず。石笥に書を藏し、池塘に墨を洗ふ、豈に山澤の稅に供せんや。
現代語訳
雲の気がぼんやりと窓の中の峰に積み重なり、山を眺めるよりはるかにすばらしい。泉の音は竹の間の酒樽に注いでいるのかと思われ、酒に向かうよりもまさっています。杖の下にはただ雲、袋の中にはただ月があるだけですから、関所や市場の取り調べに煩わされることもありません。石の箱に書物をしまい、池で筆の墨を洗うのですから、どうして山や沢の税を納めることなどありましょう。
解説
雲と月と書物だけを持つ隠者の自由を、ユーモラスに描いた一則です。窓の中に雲が積もるさまは、本物の山を眺めるよりすばらしく、泉の音は酒を注ぐ音のようで、酒を飲むよりも心地よいというのです。関市の譏は、関所や市場での取り調べのことで、『孟子』にも関市は譏して征せず、つまり取り調べはするが税は取らない、という言葉があります。杖の先には雲、袋の中には月しかないのだから、取り調べる役人も困るだろう、というおかしみがあります。書物を石の箱にしまい、池で墨を洗う暮らしには、税を払うような財産もありません。持たないことの軽やかさと自由が、からりと描かれています。
この章句が説くこと
隠逸清貧自然自由諧謔
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