酔古堂剣掃 / 集奇・英風の益ます露はるるを見る
俗氣入骨,即吞刀刮腸,飲灰洗胃,覺俗態之益呈;正氣效靈,即刀鋸在前,鼎鑊具後,見英風之益露。
新字:俗気入骨,即呑刀刮腸,飲灰洗胃,覚俗態之益呈;正気効霊,即刀鋸在前,鼎鑊具後,見英風之益露。
書き下し
俗氣骨に入れば、即ち刀を吞み腸を刮り、灰を飲み胃を洗ふとも、俗態の益ます呈はるるを覺ゆ。正氣靈を效せば、即ち刀鋸前に在り、鼎鑊後に具はるとも、英風の益ます露はるるを見る。
現代語訳
俗っぽさが骨にまでしみ込んでいると、たとえ刀を呑んで腸を削り、灰を飲んで胃を洗ったとしても、俗なありさまがますます表に出てくるのを感じます。正しい気がその霊妙な力を発揮していれば、たとえ刀や鋸が目の前にあり、煮殺すための鼎や大釜が背後に用意されていても、すぐれた気風がますますあらわになるのが見えるのです。
解説
俗気と正気、どちらも骨の髄まで染みれば隠せないと言う対句です。呑刀刮腸、飲灰洗胃は、刀を呑んで腸をこそげ、灰を飲んで胃を洗うという極端なたとえで、どんなに荒療治をしても、骨にしみた俗気は抜けず、かえって表に出てくるというのです。後半の刀鋸は刑罰の道具、鼎鑊は人を煮殺す刑具で、死の脅しを表します。正気は天地の間に満ちる正しい気で、宋の文天祥の「正気の歌」でも知られる言葉です。それが身に満ちていれば、どんな脅しにも屈せず、英風、つまりすぐれた気風がいっそう輝くのです。日頃の心の持ち方が、いざというときの振る舞いを決めるのでしょう。
この章句が説くこと
正気気骨品格修身節操
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