酔古堂剣掃 / 集奇・活剝生吞
緗綈遞滿而改頭換面,茲律既湮;縹帙動盈而活剝生吞,斯風亦墜。
新字:緗綈逓満而改頭換面,茲律既湮;縹帙動盈而活剥生呑,斯風亦墜。
書き下し
緗綈遞ひに滿ちて頭を改め面を換ふ、茲の律既に湮む。縹帙動もすれば盈ちて活剝生吞す、斯の風も亦た墜つ。
現代語訳
浅黄色の絹で包んだ書物が次々とあふれても、中身は頭をすげ替え顔を取り替えただけで、この規範はすでに埋もれてしまいました。薄青の帙に入れた書物がともすればいっぱいになっても、他人の作を生のまま剥ぎ取り丸呑みにしたもので、この気風もまた地に落ちてしまいました。
解説
書物は増えても中身は盗作や焼き直しばかりだ、と当時の出版を批判した対句です。緗綈は浅黄色の絹、縹帙は薄青色の布の帙で、どちらも書物を包むものから転じて書物そのものを指します。改頭換面は、中身は同じまま外見だけを変えることです。活剝生呑は、唐の張懐慶が他人の詩を少し変えて自作としたのを、人々が生きたまま剥ぎ、丸呑みにしたと嘲った故事から出た言葉で、盗作を言います。律は文章の規範、風は気風のことです。いつの時代も、情報が増えるほど焼き直しや盗用が増えるものです。発信する側に立つときこそ、自分の頭で考えた中身があるかを問い直したいものです。
この章句が説くこと
読書詩文盗作学問創造
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