酔古堂剣掃 / 集奇・愁ひは一種に非ず
愁非一種,春愁則天愁地愁;怨有千般,閨怨則人怨鬼怨。天懶雲沈,雨昏花蹙,法界豈少愁雲;石頹山瘦,水枯木落,大地覺多窘況。
新字:愁非一種,春愁則天愁地愁;怨有千般,閨怨則人怨鬼怨。天懶雲沈,雨昏花蹙,法界豈少愁雲;石頽山痩,水枯木落,大地覚多窘況。
書き下し
愁ひは一種に非ず、春愁は則ち天愁へ地愁ふ。怨みに千般有り、閨怨は則ち人怨み鬼怨む。天懶く雲沈み、雨昏く花蹙まる、法界豈に愁雲少なからんや。石頹れ山瘦せ、水枯れ木落つ、大地も窘況多きを覺ゆ。
現代語訳
愁いは一種類ではありませんが、春の愁いとなると、天も愁え地も愁えます。怨みには千通りもありますが、閨の怨み(夫を待つ女性の怨み)となると、人も怨み鬼神も怨みます。天はけだるく雲は重く沈み、雨はほの暗く花はしぼんでいる。この世界にどうして愁いの雲が少ないことがありましょう。石は崩れ山はやせ、水は涸れ木の葉は落ちる。大地にもまた、苦しいありさまが多いと感じられるのです。
解説
人の愁いと怨みが、天地自然にまで満ちていると詠んだ一則です。春愁は春に覚えるもの憂い気分、閨怨は夫の帰りを待つ女性の寂しさや恨みで、古来、詩の重要な主題でした。春愁は天地まで巻き込み、閨怨は人ばかりか鬼神までも怨ませるほど深いと言います。後半では、けだるい空、沈む雲、暗い雨、しぼむ花、崩れた石、やせた山、涸れた水、落ちた葉と、愁いを帯びた自然の姿が並べられます。法界は仏教で全世界を言い、窘況は苦しい状況のことです。つらいとき、景色までが沈んで見えるのは人の常です。愁いは自分だけのものではないと知ると、少し心が軽くなるかもしれません。
この章句が説くこと
憂い季節自然情心境
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