酔古堂剣掃 / 集奇・睡は能く世を忘る
棋能避世,睡能忘世。棋類耦耕之沮溺,去一不可;睡同禦風之列子,獨往獨來。
新字:棋能避世,睡能忘世。棋類耦耕之沮溺,去一不可;睡同禦風之列子,独往独来。
書き下し
棋は能く世を避け、睡は能く世を忘る。棋は耦耕の沮溺に類し、一を去るも可ならず。睡は風を禦する列子に同じく、獨り往き獨り來たる。
現代語訳
碁は世を避けることができ、眠りは世を忘れることができます。碁は、並んで畑を耕した長沮と桀溺(孔子の時代の二人の隠者)に似ていて、一人欠けてもできません。眠りは、風に乗って空を行く列子(道家の思想家)と同じで、ひとりで行き、ひとりで帰ってきます。
解説
碁と眠りを、二つの隠遁のかたちになぞらえた一則です。碁は盤に向かえば世事を離れられ、眠りは世の中そのものを忘れさせてくれます。沮溺は『論語』微子篇に出る長沮と桀溺で、二人並んで耕していた隠者です。耦耕は二人一組で耕すことで、相手がいなければ成り立たない碁をこれにたとえています。列子は『荘子』逍遥遊篇に、風に乗って空を行き、十五日して帰ってきたとある人物で、ひとりで自由に行き来する眠りをこれにたとえています。友と過ごす楽しみと、ひとりで過ごす楽しみ、その両方を持っていると、心のバランスが取りやすくなるでしょう。
この章句が説くこと
隠逸閑適交友孤独睡眠
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