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酔古堂剣掃 / 集奇・渠が笑罵に任す

當場傀儡,還我為之;大地眾生,任渠笑罵。

新字:当場傀儡,還我為之;大地衆生,任渠笑罵。

書き下し

當場の傀儡は、還た我之を為し、大地の眾生は、渠が笑罵に任す。

現代語訳

その場の操り人形の芝居は、やはり私自身が演じるのであり、この大地の人々には、彼らが笑おうが罵ろうが好きにさせておきます。

解説

人生という舞台での覚悟を、傀儡芝居にたとえた対句です。当場はその場、傀儡は操り人形、またそれを用いた芝居のことです。人生はいわば人形芝居のようなものだが、その人形を操るのは自分自身だというのです。衆生は仏教の言葉で、生きとし生けるものすべて、ここでは世の人々を言います。渠は彼ら、笑罵は笑ったり罵ったりすることです。自分の人生は自分で演じると決め、それを人がどう評価しようと、好きにさせておけばよい、という開き直りの潔さがあります。周りの目を気にしすぎると、自分の芝居ができなくなります。自分の役を自分で演じ切る覚悟を持ちたいものです。

この章句が説くこと

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