酔古堂剣掃 / 集奇・銅頭鐵面
強項者未必為窮之路,屈膝者未必為通之媒。故銅頭鐵面,君子落得做個君子;奴顏婢膝,小人枉自做了小人。
新字:強項者未必為窮之路,屈膝者未必為通之媒。故銅頭鉄面,君子落得做個君子;奴顔婢膝,小人枉自做了小人。
書き下し
強項なる者は未だ必ずしも窮の路と為らず、膝を屈する者は未だ必ずしも通の媒と為らず。故に銅頭鐵面、君子は落し得て箇の君子と做り、奴顏婢膝、小人は枉げて自ら小人と做り了る。
現代語訳
首を曲げず強情な者が、必ずしも行き詰まる道を行くとは限らず、膝を屈してへつらう者が、必ずしも出世の仲立ちを得るとは限りません。だから、銅の頭に鉄の顔で屈しない君子は、結局は一人の君子として落ち着き、奴隷のような顔つきで下女のように膝を屈する小人は、むなしくも自ら小人になり果てるだけなのです。
解説
へつらっても得はなく、節を守っても損はないと説く一則です。強項は首を曲げない強情さで、後漢の董宣が、皇帝の姉の前でも頭を下げなかったため強項令と呼ばれた話で知られます。窮は行き詰まること、通は出世して道が開けることです。銅頭鉄面は、権勢を恐れず毅然として屈しない態度、奴顔婢膝は、人にこびへつらう卑屈な態度を言います。節を曲げずにいても必ず困窮するわけではなく、へつらったからといって必ず出世できるわけでもないのなら、君子として生きるほうがよいというのです。損得で考えても、へつらいは割に合いません。自分の信念を曲げない強さを持ちたいものです。
この章句が説くこと
気骨君子節操処世正直
関連する章句
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論語・顔淵篇司馬牛、君子を問う。子曰く、「君子は憂えず懼れず。」曰く、「憂えず懼れざれば、斯れ之を君子と謂うか。」子曰く、「内に省みて疚しからずんば、夫れ何をか憂え何をか懼れん。」
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論語・憲問篇子曰く、君子にして不仁なる者有るかな。未だ小人にして仁なる者有らざるなり。
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論語・学而篇子曰く、「君子は食らうに飽くことを求めず、居るに安きを求めず、事に敏にして言に慎み、有道に就いて正す。学を好むと謂う可きのみ。」
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論語・為政篇子曰く、「君子は器ならず。」
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論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
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荀子・哀公篇哀公曰く、善し。敢えて問う、何如なれば斯ち之を君子と謂うべきか、と。孔子対えて曰く、所謂る君子なる者は、言は忠信にして心に徳とせず、仁義身に在りて色に伐(ほこ)らず、思慮明通にして辞は争わず。故に猶然として将に及ぶべきが如き者は、君子なり、と。