酔古堂剣掃 / 集奇・響きは潮の吞むが若し
涯如沙聚,響若潮吞。
新字:涯如沙聚,響若潮呑。
書き下し
涯は沙の聚まるが如く、響きは潮の吞むが若し。
現代語訳
岸辺は砂が寄り集まったようであり、その響きは潮が呑み込むかのようです。
解説
岸辺と水音の雄大さを、砂と潮にたとえた短い対句です。前後の文脈がなく、何を描いたものかははっきりしませんが、大河の岸や海辺の情景と読めます。涯は水際や岸辺のこと、聚は寄り集まることです。岸辺は無数の砂粒が集まってできており、そこに打ち寄せる水の響きは、満ちてくる潮がすべてを呑み込むように轟くというのです。あるいは、人の群れや言葉の響きのたとえとして読むこともできるでしょう。一粒一粒は小さな砂も、集まれば岸を形づくり、潮の響きは圧倒的な力を持ちます。小さな積み重ねが大きな形をつくり、大きな流れが人を呑み込む、その両方を見つめたいものです。
この章句が説くこと
自然山水積小比喩雄大
関連する章句
-
人物志・九徵猶ほ火日の外を照らして、內を見る能はず、金水の內に映じて、外に光る能はざるがごとし。
-
説苑・善說客梁王に謂いて曰く、「惠子の事を言うや譬を善くす。王をして譬うる無からしめば、則ち言うこと能わじ。」王曰く、「諾。」明日見えて惠子に謂いて曰く、「願わくは先生の事を言うは則ち直言せよ、譬うる無かれ。」惠子曰く、「今此こに人有りて彈を知らざるに、『彈の狀は何の若きか』と曰わば、應えて『彈の狀は彈の如し』と曰わば、諭らんか。」王曰く、「未だ諭らざるなり。」「是に於て更に應えて『彈の狀は弓の如くにして竹を以て弦と爲す』と曰わば、則ち知らんか。」王曰く、「知るべし。」惠子曰く、「夫れ說く者は固より其の知る所を以て、其の知らざる所を諭し、人をして之を知らしむ。今王『譬うる無かれ』と曰わば、則ち不可なり。」王曰く、「善し。」
-
戦国策・謂公叔曰乘舟公叔に謂いて曰く、「舟に乘るに、舟漏れて塞がざれば、則ち舟沈まん。漏舟を塞ぎて、陽侯の波を輕んずれば、則ち舟覆らん。今公自ら薛公に辯ずるを以て秦を輕んずるは、是れ漏舟を塞ぎて陽侯の波を輕んずるなり、願わくは公之を察せよ。」
-
『呻吟語』内篇・談道・玄言は道の以て為す無き者譬ふること罕にして喻る者は、至言なり。譬へて喻る者は、微言なり。譬へて喻らざる者は、玄言なり。玄言なる者は、道の以て為す無き者なり。玄言を理會せざるも、其の聖人爲るを害せず。
-
孫子・勢篇故に戦いを善くする者の勢は、円石を千仞の山より転ずるが如きなり。
-
『幽夢影』巻下・蛛は蝶の敵國蛛は蝶の敵國爲り、驢は馬の附庸爲り。