酔古堂剣掃 / 集奇・傳奇の關はる所は小に非ず
有此世界,必不可無此傳奇;有此傳奇,乃可維此世界,則傳奇所關非小,正可借《西廂》一卷,以為風流談資。
新字:有此世界,必不可無此伝奇;有此伝奇,乃可維此世界,則伝奇所関非小,正可借《西廂》一巻,以為風流談資。
書き下し
此の世界有れば、必ず此の傳奇無かる可からず。此の傳奇有りて、乃ち此の世界を維ぐ可し。則ち傳奇の關はる所は小に非ず、正に『西廂』一卷を借りて、以て風流の談資と為す可し。
現代語訳
この世界がある以上、必ずこのような伝奇(物語や戯曲)がなければなりません。このような伝奇があってこそ、この世界をつなぎとめることができるのです。そうであれば、伝奇が関わることは決して小さくありません。まさに『西廂記』一巻を借りて、風流な語らいの種とするのがよいのです。
解説
物語や戯曲には世界を支える力があると説いた一則です。伝奇は唐代の小説や、明代の長編戯曲を指す言葉で、ここでは恋愛を描いた物語や芝居のことです。当時、こうした作品は経書や史書に比べて低く見られ、とくに恋愛を描く『西廂記』は風紀を乱すものとして批判されることもありました。筆者はそれに反して、世界があるかぎり物語は必要であり、物語こそが世界をつなぎとめるのだと言い切ります。人の喜怒哀楽を描く物語は、人と人の心をつなぎ、生きる意味を与えてくれるからでしょう。小説や映画を単なる娯楽と侮らず、心の糧として味わう姿勢を大切にしたいものです。
この章句が説くこと
伝奇文学読書風雅物語
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