酔古堂剣掃 / 集韻・之を冷笑に付す
權輕勢去,何妨張雀羅於門前;位高金多,自當效蛇行於郊外。蓋炎涼世態,本是常情,故人所浩嘆,惟宜付之冷笑耳。
新字:権軽勢去,何妨張雀羅於門前;位高金多,自当効蛇行於郊外。蓋炎涼世態,本是常情,故人所浩嘆,惟宜付之冷笑耳。
書き下し
權輕く勢去れば、何ぞ雀羅を門前に張るを妨げん。位高く金多ければ、自ら當に蛇行を郊外に效すべし。蓋し炎涼の世態は、本是れ常情なり、故に人の浩嘆する所は、惟だ宜しく之を冷笑に付すべきのみ。
現代語訳
権力が軽くなり勢いが去ったなら、門前に雀を捕る網を張るほど人が来なくなっても何の差し支えがありましょう。位が高く金が多ければ、人々は当然郊外まで出迎えて、蛇のように這いつくばるでしょう。思うに、熱くなったり冷たくなったりする世の人情は、もともと当たり前のことです。だから人が大いに嘆くようなことも、ただ冷ややかに笑い飛ばしておけばよいのです。
解説
世の人情の移ろいを笑い飛ばせと言う一則です。門前雀羅は『史記』に見える話で、漢の翟公が失脚すると客が絶えて門前に雀網を張れるほどになった、という故事です。蛇行は『戦国策』の蘇秦の話で、出世して帰郷した蘇秦を、かつて冷たくした兄嫁が蛇のように這って迎えた、という故事に基づきます。炎涼の世態は、勢いのある者には熱く、落ちぶれた者には冷たい世間の態度のことです。筆者は、それは人の常なのだから、いちいち嘆かず冷笑に付せばよいと言います。立場が変わると人の態度も変わるものですが、それに一喜一憂しないことが心の平穏を保つ秘訣でしょう。
この章句が説くこと
処世人情達観世態忍
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