酔古堂剣掃 / 集峭・困窮の背後には福跟隨す
榮寵旁邊辱等待,不必揚揚;困窮背後福跟隨,何須戚戚。
新字:栄寵旁辺辱等待,不必揚揚;困窮背後福跟随,何須戚戚。
書き下し
榮寵の旁邊には辱め等待す、必ずしも揚揚たらず;困窮の背後には福跟隨す、何ぞ戚戚たるを須ひん。
現代語訳
栄誉と寵愛のすぐそばには、辱めが待ち構えています。だから得意になる必要はありません。困窮の背後には、福がついてきています。だからくよくよする必要はありません。
解説
栄えと辱め、困窮と福とが背中合わせであることを、口語風の平易な言葉で説いた対句です。旁邊はすぐそば、等待は待ち受けること、跟隨はあとについてくることで、いずれも明代の口語です。揚揚は得意げなさま、戚戚は憂えてくよくよするさまです。『老子』の「禍は福の倚る所、福は禍の伏す所」や、塞翁が馬の故事と同じく、幸と不幸は入れ替わりやすいという考えに立っています。うまくいっているときに浮かれず、つらいときに落ち込みすぎない、その平常心が、次の変化に備える力になります。順境でも逆境でも、少し先を見据えて心を平らに保ちたいものです。
この章句が説くこと
禍福栄辱平常心処世盛衰
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