酔古堂剣掃 / 集韻・心は清し鑒底の瀟湘の月
心清鑒底瀟湘月,骨冷禪中太華秋。
新字:心清鑒底瀟湘月,骨冷禅中太華秋。
書き下し
心は清し鑒底の瀟湘の月、骨は冷やかなり禪中の太華の秋。
現代語訳
心は、鏡のような水底に映る瀟湘(湖南の名勝)の月のように清らかで、骨は、禅定の中で感じる太華山(西岳華山)の秋のように冷ややかです。
解説
清らかな心と、俗気のない風骨とを詠んだ七言の対句です。鑒は鏡、鑒底は鏡のように澄んだ水の底を言います。瀟湘は湖南省の瀟水と湘江が合流するあたりの景勝地で、瀟湘八景として画題にもなり、その月は清らかさの象徴です。太華は五岳の一つ、西岳華山で、峻険な岩山として知られます。禅の静けさの中で感じる華山の秋の冷気のように、骨の髄まで澄みきっているというのです。骨が冷たいというのは、俗な熱気や欲にとらわれない風骨を言います。心を澄ませ、欲に熱くならない冷静さを保つことは、判断を誤らないための大切な素養でしょう。
この章句が説くこと
修身清廉禅心境風雅
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